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《ティエン神父より 聖家族》
聖家族 A 2025 マタイ2,13-15、19-23 第1朗読でシラ書から私たちの生活のために教えてくださいます。 「父を尊べば、お前の罪は償われ、 同じく、母を敬えば、富を蓄える。。。」シラ書3,3-4 「子よ、年老いた父親の面倒を見よ。 生きている間、彼を悲しませてはならない。。。」シラ書3,12 「主は父親に対するお前の心遣いを忘れず、罪を取り消し、 お前を更に高めてくださる。」シラ書3、14 今日の第2朗読で、神の言葉は私たちの生活の中で教導します。 「あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、 憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。 互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。 主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも 同じようにしなさい。」と(コロサイ3,12-13)聖パウロは手紙に書いています。 「妻たちよ、主を信じる者にふさわしく、夫に使えなさい。 夫たちよ、妻を愛しなさい。つらく当たってはならない。 子供たち、どんなことについても両親に従いなさい。それは主に喜ばれる


《ティエン神父より 主の降誕 夜半のミサ》
主の降誕 夜半のミサ2025 ルカ2,1-14 クリスマスおめでとうございます。 主のご降誕おめでとうございます。私たちは、今年も、降誕祭を喜んで迎えます。 天使は幼いイエス様を賛美して 「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」と歌います。 地位の高い人も、低い人も同じように神様を賛美します。そのとき、私たちの心に平和があります。 そして、全世界の人々の平和があります。降誕祭になったとき、人々の心は平和で満たされます。しかし、現代の世界には、悲しい出来事がたくさん起こっています。憎みや欺き、そして、戦争があります。人々はまだ、互いに愛し合っていませんから。それで、地には平和がありません。私たちの心の中で平和がありません。 神様はいつも私たちを招いて「互いに赦し、愛し合いなさい。兄弟姉妹のために自分をちょっと忘れて、ちょっとぎせいをささげなさい。そうすれば、あなたの隣人も、あなた自身も、幸せになります」と教えてくださいます。 私たちが、イエス様の心に適うように生きるなら、人間は兄弟姉妹として、本当に愛の中に


《ティエン神父より 待降節第4主日》
待降節第4主日 A 2025 マタイ1,18-24。 神のみ旨を行うことは私たちの心の喜び。 今日の福音の中にえがかれたヨセフ様とマリア様は神様のみ旨が行われるのを見て、神様のいつくしみが明らかに表されています。 出来事の前、ヨセフ様は何も行わないし、何も話しませんでした。しかし、神様のみ旨を行います。マリア様も出来事の前、何も説明しませんでした。 二人の生活はすべてを神様の愛に任せます。 それから、最後に神様はこのことを行いました。 もし、私たちの家族の中でこのことがあるなら、その時、私たちは何を考えますか。祈りますか。会話しますか。喧嘩をしますか。言い争いですか。。。。 マリア様とヨセフ様は、私たちの生活の模範です。 聖パウロは私たちの生活の中で教導します。 「あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。」と この待降節を迎えて、私たちはイエス


《ティエン神父より 待降節第3主日》
待降節第3主日 A 2025 マタイ11,2-11 今日は喜びの主日です。どうして今日の典礼は喜びですか。 イエス様のお誕生日に近づいていますから。それで、喜んでいなさいの意味です。 私たちの心は喜んでいますか。喜びはイエス様によって、罪から解放され、救われるからです。 そして、聖パウロは手紙に書いています。 「皆さん、いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。」(テサロニケ3,16-18)。 今日の第一朗読 で「荒れ野よ、荒れ地よ、喜び踊れ砂漠よ、喜び、花を咲かせよ。。。神は来て、あなたたちを救われる。」と イザヤの預言者は書いています。 [弱った手に力を込め、よろめく膝を強くせよ。心 おののく人々 に言いえ。 雄々 しくあれ、恐れるな。神は来て、あなたたちを救われる。」3,4 第2の朗読 で聖パロウは私たちの生活に教えてくださいます。「兄弟姉妹たち、主が来られるときまで忍耐しなさい。農夫は秋の雨と春の雨が降るまで忍耐しながら、大地の尊い実りを


《ティエン神父より 待降節第2主日》
待降節第2主日 A 2025 マタイ3,1-12 今日の 第1朗読 で書いています。 「彼は主を畏れ敬う霊に満たされる。 目に見えるところによって裁きを行わず 耳にするところによって弁護することはない。 弱い人のために正当な裁きを行い この地の貧しい人を公平に弁護する。」 イザヤ11,3-4 皆さん、私たちはいつも外側で裁くこと、判断すること。それで、たくさん間違います。神様は内側で見ることをご存知です。この待降節はもう一度、反省しましょう。 第2朗読 の中で聖パウロは私たちの生活に教えてくださいます。 「かつて書かれた事柄はすべて私たちを教え、導くためのものです。それで、私たちは聖書から忍耐と慰めを学んで希望を持ち続けることができるのです。」(ローマ15,4)。 「だから神の栄光のために、キリストがあなたがたを 受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい」と言うことです。」(ローマ15,7)。 「異邦人が神をその憐みのゆえにたたえるようになるためです。」(ローマ15,9)。 キリストはすべての人を救われる。...


《ティエン神父より 待降節 第1主日》
待降節第1主日A 2025 マタイ24,37-44。 今日の主日は典礼暦の最初の週、待降節第一主日です。 待降節の意味、神様は来る、人間は待つ季節です。 ギリシャ語 Parousia: 来る ,ラテン語Adventus:来る。意味は救い主は来る。人間は待つ。 神様の愛は先に進んでいます。私たちは救い主を待っています。 待降節だけではありません。しかし、毎日の生活は救い主を待っています。 教会のカテキズムの中で学んだように。救いの歴史の中で、神様は二回世界に来ます。 一回は世界に来て生まれます。もう一回は最後の日に世界に来て救いの歴史を完成します。この二回はとても大切なことです。ですから、私たちはいつも神様のために準備して、その日を迎えます。 今日の第1朗読でイザヤ預言は書いています。 「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする国は国に向かって剣を上げずもはや戦うことを学ばない。」イザヤ2,4と書いています。 この時代は平和の時代です。国々は平和になります。戦争がありません。しかし、この世界には


《ティエン神父より 王であるキリスト》
王であるキリストC 2025 ルカ23,35-43 今週の主日は典礼暦の最後の週、王であるキリストの主日です。イエス様は王です。しかし、愛の王と真理の王と平和の王そして仕えるの王です。イエス様は政治家ではありません。しかし、世界を救いたいと望まれました。 皆さん、イエス様のことばは人間のことばと違います。 イエス様の考えることは人間の考えることと違います。 王であるキリストは人間の王様と違います。 人間の王様は宮殿があります。しもべがたくさんいます。 しかし、王であるキリストは宮殿がありません。 イエス様の宮殿は十字架です。そして、皆さんのしもべになりました。。。それで、イエス様は何の王ですか。愛の王と平和の王そして仕えるの王です。犯罪人の一人で祈りました。「あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください。」と祈りましょう。 そして、イエス様は私たちに「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる。」と言われています。 *今日のミサは昔の出来事と同じです。少しでも、祈る時、イエス様は私たちに「はっきり言っておくが、あ


《ティエン神父より 年間第33主日》
年間第33主日 C 2025 ルカ21,5-19 典礼暦年の終わりが近づいて来ました。 来週は新しい典礼暦年に入ります。 今日、第1朗読で「見よ、その日が来る 炉のように燃える日が。 高慢な者、悪を行う者はすべてわらのようになる。 到来するその日は、と万軍の主は言われる」と。 「しかし、わが名を畏れ敬うあなたたちには義の太陽が昇る。その翼には癒す力がある」と マラキ書3,19-20教えてくださいます。 皆さん、このことばを聞く時は怖がりますか。 私たちは高慢な者ですか。悪を行う者ですか。 反省しましょう。 それで、私たちは毎日の生活でいつも祈り、謙遜な人になりましょう。そして、いつもきれいな心を守りましょう。 そして、今日の福音の中ではイエス様は世界の最後の日について話しています。 最後の日は二つの意味があります。 *一つは世界の最後の日です。この日、私たちにはぜんぜん分かりません。(この時代は出来事をたくさん起こっています。地震、台風、津波、洪水、戦争、欺き。。。)など。私たちはどう考えますか。。。 *もう一つは自分自身の最後の日です。この


《ティエン神父より ラテラン教会献堂》
ラテラン教会献堂 (年間第32主日) ヨハネ2,13-22 皆さん、私たちは洗礼を受けたとき、私たちの体は神様の神殿になります。そして私たち一人ひとりの心も神様の神殿になります。この神殿は一番大切です。 私たちの心の神殿はラテラン教会よりもっともっと大切です。なぜでしょうか。もし、私たちの心の神殿がないなら、この建物(教会)がないです。この建物(教会)はいつか倒れます。壊します。しかし、心の神殿は永遠まで、残っています。皆さん、「あなたがたは神の建物なのです。」 今日の第2朗読で聖ぱロウは私たちに教えてくださいます。 「あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか」と(1Cr3,16)。 「神の神殿を壊すものがいれば、神はその人を滅ぼされるでしょう。神の神殿は聖なるものだからです。 あなたがたはその神殿なのです」17 私たち一人ひとりの体は神の神殿ですから、それで、ほかの人に悪口を言わない、裁かないこと、妬まないこと、軽蔑しないことです。このことをするのは、 私たちが神様の子供の意味でもあります。..


《ティエン神父より》死者の日
死者の日のミサ 2025 知恵書1-6.9;ヨハネ6,37-40 死とは神秘です。死んだ後、私たちはどこへ行きますか。どこにいくのか全く分かりません。しかし、神の言葉から分かります。 私たちの先祖、祖父母、両親、今、どこにいますか。 第一朗読で教えてくださいます。 「主に依り頼む人は真理を悟り、信じる人は主の愛のうちに主と共に生きる。主に清められた人々には恵みと憐れみがあり、 主に選ばれた人は主の訪れを受けるからである。」知恵の書3、9 そして、今日の福音でイエス様は私たちに約束されました。 「わたしのところに来る。わたしのもとに来る人をわたしは決して追い出さない」。私たちはこの言葉を信じましょう。 イエス様の約束されたとき、変わることがありません。 私たちの信仰、希望を変わることがあるか。 「わたしに与えくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。」 「わたしを見て信じる者が皆 永遠のいのちを得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである」。と 11月はは亡くなった人を思い出して祈ります。...
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