《ティエン神父より 聖金曜日 主の受難》
- maydaytomo
- 4月3日
- 読了時間: 3分
聖金曜日 主の受難 2026
今日、私たちは、イエス様の受難に沈黙のうちに招かれています。
ゴルゴタの丘のイエス様の孤独の痛み、裸の恥を受けることを私たちも心に深く刻むように招かれています。
イエス様は自分自身で苦しみを受けて、私たちへの限りない愛を示されました。
イエス様は私たちのために亡くなるという自分を忘れた、犠牲を行いました。
このことについて第1朗読で書いています。
「彼が担ったのは私たちの病、
彼が負ったのは私たちの痛みであったのに、
私たちは思っていた神の手にかかり、打たれたから、彼は苦しんでいるのだ、」と。
「彼が刺し貫かれたのは、私たちの背きのためであり
彼が打ち砕かれたのは 私たちの咎のためであった。
彼の受けた懲らしめによって、私たちに平和が与えられ、
彼の受けた傷によって、私たちはいやされた。」Is 53,4-5
「多くの人の過ちを担い背いた者のために執り成しをしたのはこの人であった。」Is 53、12
第2朗読で書いています。
「キリストは御子であるにもかかわらず、
多くの苦しみによって従順を学ばれました。」
「そして、完全な者となられたので、
御自分に従順であるすべての人々に対して、
永遠の救いの源となったのです。」ヘブライ5、8-9
主イエス・キリスト受難
イエス様は十字架の上で亡くなりました。このことにイエス様の愛のことばが一番深く明らかに表されています。
イエス様が亡くなるとき、十字架の上で言った最後のことば「渇く」。
これは、私たちの魂を救いたいと願う愛のことばです。
イエス様は私たちに教えてくださいました。
「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」ヨハネ15,13
神様の愛は正しく、無限です。神様の愛は私たちの神様への愛よりずっと先を進んでいます。
神様は私たちを愛し、救いたいと願っておられます。
弟子たちの中で聖ペトロはイエス様に一番近い弟子でした。
イエス様と共に仕事をもっと深く悟りました。3年間、イエス様に従って来ました。
最後の1時間で断りによって、イエス様との関係をすべて失ってしまいました。それから、
鶏が3度鳴く声を聞いて、自分を見るイエス様の目に気づいて、
ペトロは激しく泣いて、イエス様のことばを思い出し、後悔しました。
ペトロの罪はユダの罪より大きいです。ペトロは回心しました。
祈りましょう:イエス様,時々、私たちはイエス様のみ心に背いて、
罪を犯してしまいます。どうぞお赦しください。
私たちがみ心に適う者になりますように。
マリア様、ヨセフ様、私たちのためにお祈りください。アーメン。





