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《ティエン神父より 主の洗礼》
主の洗礼 A マタイ 3,13-17 主の洗礼のミサをもって、降誕節が終わり年間節が始まります。それから、イエス様の公生活が始まります。 イエス様は神様です。イエス様は罪を犯しません。しかし、イエス様は洗礼を受けました。 そのとき、ヨハネはイエス様に話しました。 「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」しかし、イエス様はお答えになりました。「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」マタイ3,14-15。 このことは私たちのために模範になります。これは私たちへの愛のためです。 今日は主の洗礼のミサです。私たちの洗礼について考えましょう。洗礼の秘跡は最初の基礎の秘跡です。 私たちは洗礼の秘跡を受けたとき、神様の子供になりました。そして、教会に加入して、メンバーになります。 洗礼を受けたとき、私たちは宣教師になります。しかし、長い間、私たちは考えています。宣教師は神父、シスターだけと考えています。これは大き


《ティエン神父より 主の公現》
主の公現 2026 マタイ2,1-12 新年あけまして、おめでとうございます。 皆さん、新年、みなさんは お年玉 をもらいましたか。お金、物質だけではありません。健康、生活、楽しい、うれしい、平和。。。これは物質より大切です、物質より大きいです。。。 (お金があったとしても、健康、平和がないなら、どうでしょうか。) *公現を通して神が栄光を諸国の民に現し、すべての人の救いの源となりました。 そして、諸国の人がその招きに応じて信仰と希望を持って神様 のもとへ 招かれました。 ( 公現のミサは無信者のためです。) *第1朗読でイザヤ預言は書いています。 「あなたを照らす光は登り、主の栄光はあなたの上に輝く。主の栄光があなたの上に現れる。」2 「国々はあなたを照らす光に向かい王たちは射し出でるその輝きに向かって歩む。」3 神様の栄光は私たちの上に輝く。神の栄光は私たちの上に現れる。 皆さんは神様の光に向かって喜びます。 その時、私たちは神様の光を受けることです。信仰の光を表すことになります。 *第2朗読で聖パロウは私たちに教えてくださいます。...


《ティエン神父より 神の母聖マリア》
神の母聖マリア 2026 ルカ2,16-21。 あけまして、おめでとうございます。 昨年は大変お世話になりました。 今年もどうぞよろしくお願いいたします。 今日は神の母聖マリア祭日です。私たちの母です。教会の母です。そして世界平和の日です。 2025年が終わりました。苦しい、さびしい, 困ったことが終わりました。一年間の間私たちは恵みといつくしみをたくさんいただきました。新しい年が始まります。一年間の間、本当に長い時間ですから。将来何が起こるのか私たちには分かりません。私たちの生活の予定と計画を神様にささげましょう。 新しい年がすべての人にとって幸せな年。平和な年となりますようお祈り申し上げます。どうぞ、よい年をお迎えくださいませ。 今日の第1朗読、新年ですから、神様から私たちの生活のために恵みをくださいます。 「主があなたを祝福し、あなたを守られるように。 主が御顔を向けてあなたを照らし あなたに恵みを与えられるように。 主が御顔をあなたに向けて あなたに平安を賜るように。」と民数記6、24-26。 新しい年になっています。私たちの心はどうで


《ティエン神父より 聖家族》
聖家族 A 2025 マタイ2,13-15、19-23 第1朗読でシラ書から私たちの生活のために教えてくださいます。 「父を尊べば、お前の罪は償われ、 同じく、母を敬えば、富を蓄える。。。」シラ書3,3-4 「子よ、年老いた父親の面倒を見よ。 生きている間、彼を悲しませてはならない。。。」シラ書3,12 「主は父親に対するお前の心遣いを忘れず、罪を取り消し、 お前を更に高めてくださる。」シラ書3、14 今日の第2朗読で、神の言葉は私たちの生活の中で教導します。 「あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、 憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。 互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。 主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも 同じようにしなさい。」と(コロサイ3,12-13)聖パウロは手紙に書いています。 「妻たちよ、主を信じる者にふさわしく、夫に使えなさい。 夫たちよ、妻を愛しなさい。つらく当たってはならない。 子供たち、どんなことについても両親に従いなさい。それは主に喜ばれる


《ティエン神父より 主の降誕 夜半のミサ》
主の降誕 夜半のミサ2025 ルカ2,1-14 クリスマスおめでとうございます。 主のご降誕おめでとうございます。私たちは、今年も、降誕祭を喜んで迎えます。 天使は幼いイエス様を賛美して 「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」と歌います。 地位の高い人も、低い人も同じように神様を賛美します。そのとき、私たちの心に平和があります。 そして、全世界の人々の平和があります。降誕祭になったとき、人々の心は平和で満たされます。しかし、現代の世界には、悲しい出来事がたくさん起こっています。憎みや欺き、そして、戦争があります。人々はまだ、互いに愛し合っていませんから。それで、地には平和がありません。私たちの心の中で平和がありません。 神様はいつも私たちを招いて「互いに赦し、愛し合いなさい。兄弟姉妹のために自分をちょっと忘れて、ちょっとぎせいをささげなさい。そうすれば、あなたの隣人も、あなた自身も、幸せになります」と教えてくださいます。 私たちが、イエス様の心に適うように生きるなら、人間は兄弟姉妹として、本当に愛の中に


《ティエン神父より 待降節第4主日》
待降節第4主日 A 2025 マタイ1,18-24。 神のみ旨を行うことは私たちの心の喜び。 今日の福音の中にえがかれたヨセフ様とマリア様は神様のみ旨が行われるのを見て、神様のいつくしみが明らかに表されています。 出来事の前、ヨセフ様は何も行わないし、何も話しませんでした。しかし、神様のみ旨を行います。マリア様も出来事の前、何も説明しませんでした。 二人の生活はすべてを神様の愛に任せます。 それから、最後に神様はこのことを行いました。 もし、私たちの家族の中でこのことがあるなら、その時、私たちは何を考えますか。祈りますか。会話しますか。喧嘩をしますか。言い争いですか。。。。 マリア様とヨセフ様は、私たちの生活の模範です。 聖パウロは私たちの生活の中で教導します。 「あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。」と この待降節を迎えて、私たちはイエス


《ティエン神父より 待降節第3主日》
待降節第3主日 A 2025 マタイ11,2-11 今日は喜びの主日です。どうして今日の典礼は喜びですか。 イエス様のお誕生日に近づいていますから。それで、喜んでいなさいの意味です。 私たちの心は喜んでいますか。喜びはイエス様によって、罪から解放され、救われるからです。 そして、聖パウロは手紙に書いています。 「皆さん、いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。」(テサロニケ3,16-18)。 今日の第一朗読 で「荒れ野よ、荒れ地よ、喜び踊れ砂漠よ、喜び、花を咲かせよ。。。神は来て、あなたたちを救われる。」と イザヤの預言者は書いています。 [弱った手に力を込め、よろめく膝を強くせよ。心 おののく人々 に言いえ。 雄々 しくあれ、恐れるな。神は来て、あなたたちを救われる。」3,4 第2の朗読 で聖パロウは私たちの生活に教えてくださいます。「兄弟姉妹たち、主が来られるときまで忍耐しなさい。農夫は秋の雨と春の雨が降るまで忍耐しながら、大地の尊い実りを


《ティエン神父より 待降節第2主日》
待降節第2主日 A 2025 マタイ3,1-12 今日の 第1朗読 で書いています。 「彼は主を畏れ敬う霊に満たされる。 目に見えるところによって裁きを行わず 耳にするところによって弁護することはない。 弱い人のために正当な裁きを行い この地の貧しい人を公平に弁護する。」 イザヤ11,3-4 皆さん、私たちはいつも外側で裁くこと、判断すること。それで、たくさん間違います。神様は内側で見ることをご存知です。この待降節はもう一度、反省しましょう。 第2朗読 の中で聖パウロは私たちの生活に教えてくださいます。 「かつて書かれた事柄はすべて私たちを教え、導くためのものです。それで、私たちは聖書から忍耐と慰めを学んで希望を持ち続けることができるのです。」(ローマ15,4)。 「だから神の栄光のために、キリストがあなたがたを 受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい」と言うことです。」(ローマ15,7)。 「異邦人が神をその憐みのゆえにたたえるようになるためです。」(ローマ15,9)。 キリストはすべての人を救われる。...


《ティエン神父より 待降節 第1主日》
待降節第1主日A 2025 マタイ24,37-44。 今日の主日は典礼暦の最初の週、待降節第一主日です。 待降節の意味、神様は来る、人間は待つ季節です。 ギリシャ語 Parousia: 来る ,ラテン語Adventus:来る。意味は救い主は来る。人間は待つ。 神様の愛は先に進んでいます。私たちは救い主を待っています。 待降節だけではありません。しかし、毎日の生活は救い主を待っています。 教会のカテキズムの中で学んだように。救いの歴史の中で、神様は二回世界に来ます。 一回は世界に来て生まれます。もう一回は最後の日に世界に来て救いの歴史を完成します。この二回はとても大切なことです。ですから、私たちはいつも神様のために準備して、その日を迎えます。 今日の第1朗読でイザヤ預言は書いています。 「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする国は国に向かって剣を上げずもはや戦うことを学ばない。」イザヤ2,4と書いています。 この時代は平和の時代です。国々は平和になります。戦争がありません。しかし、この世界には


《ティエン神父より 王であるキリスト》
王であるキリストC 2025 ルカ23,35-43 今週の主日は典礼暦の最後の週、王であるキリストの主日です。イエス様は王です。しかし、愛の王と真理の王と平和の王そして仕えるの王です。イエス様は政治家ではありません。しかし、世界を救いたいと望まれました。 皆さん、イエス様のことばは人間のことばと違います。 イエス様の考えることは人間の考えることと違います。 王であるキリストは人間の王様と違います。 人間の王様は宮殿があります。しもべがたくさんいます。 しかし、王であるキリストは宮殿がありません。 イエス様の宮殿は十字架です。そして、皆さんのしもべになりました。。。それで、イエス様は何の王ですか。愛の王と平和の王そして仕えるの王です。犯罪人の一人で祈りました。「あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください。」と祈りましょう。 そして、イエス様は私たちに「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる。」と言われています。 *今日のミサは昔の出来事と同じです。少しでも、祈る時、イエス様は私たちに「はっきり言っておくが、あ
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