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《年間第29主日 ティエン神父》
年間第29主日 A 2026 マタイ22,15-21。(世界宣教の日) 今日の福音の中でイエス様は私たちに言われています。 「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」21 今日の福音は私たちの義務について書いてます。 社会の義務と神様の義務です。私たちは信者です。私たちの義務は二つの義務です。 一つは神様に対する、もう一つは社会に対することです。 社会の中で人間、兄弟姉妹と周りの人々がいます。 私たちはこの二つの義務を完成しなければなりません。 もし、私たちが完成しないなら、私たちは過ちがあります。 私たちの生活は二つの義務を完成しましょう。私たちの生活はどうでしょうか。 今日の福音は私たちの生活について反省させてくれます。 それから、神様に対して、社会に対して、兄弟姉妹に対して、私たちはよく頑張りましょう。 このことが私たちの宣教です。 「先生、私たちは、あなたが真実な方で、真理に基づいて神の道を教え、 だれをもはばからない方であることを知っています。人々を分け隔てなさらないからです。」16 神様の前に私たちは同じです。高い人、低い人、


《年間第28主日 ティエン神父》
年間第28主日 A 2026 マタイ22,1-14 今日の第1朗読で書いています。 「死を永久に滅ぼしてくださる。 主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい 御自分の民の恥を地上からぬぐい去さってくださる。 これは主が語られたことである。」イザヤ書25,8 この文書の意味は神様は私たちを愛しています。 「神の恵みといつくしみは生涯わたしに伴う。詩23,6。 私たちの生活は喜びになるなら、神様も喜びます。さびしい時、悲しい時、神様もさびしいことになります。 「その日には、人は言う。見よ、この方こそ私たちの神。 私たちは待ち望んでいた。この方が私たちを救ってくださる。 この方こそ私たちが待ち望んでいた主。その救いを祝って喜び躍ろう。」イザヤ書25、9 皆さん、私たちの生活は神様を待ち望みますか。この方、私たちの目的です。私たちの希望です。 この目的と希望を亡くなったら、私たちの生活はすべては空しいことになります。 そして、福音の中で書いています。 天の国は、ある王が王子のために婚宴を催したのに似ています。 だれでも招待します。この婚宴はミサの姿です。神


《年間第27主日 ティエン神父》
年間第27主日 A 2026 マタイ21,33-43 今日の第二朗読の中で、聖パウロは私たちの生活のために教導しています。 「皆さん、どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。 何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、平和の神はあなたがたと共におられます。」4,6、9と 私たちの生活は時々たくさん祈りました。しかし、神様はまだ答えません。それで、祈りを止めます。そして、教会に来ません。もし、私たちは神様に信頼するなら、神様は私たちを守って解放してくださいます。 神様は私たちの願うことを知っています。私たちの生活に、時々、神様は私たちの信仰に試練を与えた後、恵みをくださいます。私たちはこのことを忘れないようにしましょう。 聖ペトロは私たちの生活のために教導しています。 「思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。」1ペトロ5、7と私たちの生活はどうですか。私たちが困ったとき、そこで祈ることを止めてしまいますか。反省しましょう。...


《年間第26主日 ティエン神父》
年間第26主日 A 2026 マタイ21,28-32 今日のテーマは考え直すことです。 今日の第一朗読で神様は私たちに質問しています。「わたしの道みちが正ただしくないのか。正ただしくないのは、 お前まえたちの道みちではないのか」とエゼキエル18、25。 私たちの生活はどうでしょうか。反省しましょう。考かんがえ直なおしましょう。 そして、今日、イエス様は私たちに質問しています。 「この二人のうち、どちらが父親の望みどおりにしたか。」31と この話題は兄について徴税人や娼婦たちと同じです。 彼らは神のことばを信じて行ないます。 弟についてファリサイ派の人々や律法学者たちと同じです。 彼らはことばだけ話します。そして、彼らの生活のことばは 行いと一致していません。それから、神のことばを信じませんでした。 彼らは形式だけを守ります。しかし、心の中はそうでは ありませんでした。口だけで話します。しかし、行いが伴ないませんでした。口と心一緒ではありません。 皆さん、私たちの生活は考え直したことがありますか。 兄と同じように、考え直しましょう。...


《年間第25主日 ティエン神父》
年間第25主日 A 2026 マタイ20,1-16。 第一朗読の中で、イザヤの預言は私たちのために書いています。 「主を尋ね求めよ、見いだしうるときに。呼び求めよ、近くにいますうちに。」(6) 「神に逆らう者はその道を離れ、 悪を行う者はそのたくらみを捨てよ。 主に立ち帰るならば、主は憐れんでくださる。 私たちの神に立ち帰るならば、豊かに赦してくださる。」と(7) 神の言葉は私たちを招きます。 「神に逆らう者はその道を離れ 悪を行う者はそのたくらみを捨てよ。」7 もし、長い間、私たちは悪いことを行うなら、悪いことを捨てるは私たちの心を平和になります。いい気持ちになります。 今日の福音の中は神の慈しみ深いについて、人間の妬みについて書いています。 主人は神様です。ぶどう園は神の国です。働く労働者は私たちです。ぶどう園の主人はいい主人です。すべての人を愛しています。すべての人を招きます。 神様はいつも私たちにいい人になることを望んでいます。 今日、イエス様は私たちひとり一人に言われています。 「わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやり


《年間第24主日 ティエン神父》
年間第24主日 A マタイ18,21-35 今日の福音でペトロはイエス様に質問しています。 「主よ、兄弟姉妹がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」と それから、イエス様は答えています。「七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。」と このことの意味はいつも互いに赦すことです。 この世界には悲しい出来事がたくさん起こっています。憎しみや欺き、そして、戦争があります。 人々はまだ互いに愛し合っていませんから。イエス様はいつも私たちを招いて「互いに赦し、愛し合いなさい。 人のために自分をちょっと忘れて、ちょっとぎせいをささげなさい。 そうすれば、あなたの隣人も、あなた自身も幸せになります」と教えてくださいます。 私たちがイエス様の心にかなうように生きるなら、人間は兄弟姉妹として、本当に愛の中に生きることができます。 このことについて、聖パロウは私たちのために教おしえています。 「あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全


《年間第23主日》
マタイによる福音(マタイ18 15-20) どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら わたしの天の父はそれをかなえてくださる。 二人または三人がわたしの名によって 集まるところには、わたしもその中に いるのである。


《年間第22主日》
使徒パウロのローマの教会への手紙 兄弟たち、神の憐れみによって あなたがたにすすめます。 自分の体を神に喜ばれる聖なる生ける いけにえとして献げなさい。 何が神の御心であるか 何が善いことで神に喜ばれ また完全なことであるかを わきまえるようになりなさい。


《年間第19主日 ティエン神父》
年間第19主日A マタイ14,22-33 今日の福音で[イエスはすぐ彼らに話しかけられた。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」27 すると、ペトロが答えた。「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」28 私たちの生活は使徒たちと同じと思います。 困ること、試練すること、恐れること。。。私たちは[主よ、助けてください。]と祈ります。そのとき[イエス様はすぐに手を伸ばして捕まえ]です。イエス様は私たちと共に歩んでくださいます。私たちが困難にであった時もイエス様は私たちのところへ来て「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」27と言われます。私たちはもう一度確認しましょう。そしてたくさん祈りましよう。 マリア様、ヨセフ様、私たちのためにお祈りください。アーメン。


《年間第18主日 ティエン神父》
年間第18主日A マタイ14,13-21, 今日の福音でイエス様は奇跡を行うことについて書いています。 五つのパンと二匹の魚だけから、奇跡をしたあと[食べた人は女と子供を別にして、男が五千人ほどであった,] イエス様は全能であり、慈しみ深い方ですから、何でもおできになります。 この奇跡はご聖体の秘跡の姿です。 そして今の第ニ朗読で聖パロウもう一度確認しています。 わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。 ローマ8,38-39 私たちの信仰生活はもう一度確認しましょう。 マリア様ヨセフ様私たちのためにお祈りください。アーメン。
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