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《年間第19主日 ティエン神父》
年間第19主日A マタイ14,22-33 今日の福音で[イエスはすぐ彼らに話しかけられた。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」27 すると、ペトロが答えた。「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」28 私たちの生活は使徒たちと同じと思います。 困ること、試練すること、恐れること。。。私たちは[主よ、助けてください。]と祈ります。そのとき[イエス様はすぐに手を伸ばして捕まえ]です。イエス様は私たちと共に歩んでくださいます。私たちが困難にであった時もイエス様は私たちのところへ来て「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」27と言われます。私たちはもう一度確認しましょう。そしてたくさん祈りましよう。 マリア様、ヨセフ様、私たちのためにお祈りください。アーメン。


《年間第18主日 ティエン神父》
年間第18主日A マタイ14,13-21, 今日の福音でイエス様は奇跡を行うことについて書いています。 五つのパンと二匹の魚だけから、奇跡をしたあと[食べた人は女と子供を別にして、男が五千人ほどであった,] イエス様は全能であり、慈しみ深い方ですから、何でもおできになります。 この奇跡はご聖体の秘跡の姿です。 そして今の第ニ朗読で聖パロウもう一度確認しています。 わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。 ローマ8,38-39 私たちの信仰生活はもう一度確認しましょう。 マリア様ヨセフ様私たちのためにお祈りください。アーメン。


《年間第17主日 ティエン神父》
年間間第17主日A マタイ13,44ー46 「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。(44) また、天の国は次のようにたとえられる。商人が良い真珠を探している。高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う。」(45-46) 良い真珠は天の国です。イエス様です。 私たちは毎日良い真珠を探すと守ることです。 私たちはすべてを捨てて、良い真珠を探して守りますか。 私たちの心の中で、私たちの家族の中で良い真珠があります。しかし、長い間私たちは忘れました。 私たちの生活は忙しいですが天の国を忘れないようにしましょう。これは一番大切なことです。もう一度頑張リましょう。 [人はたとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払獲ようか。](マタイ16,26) マリア様、ヨセフ様、私たちのためにお祈りください。アーメン。


《年間第16主日 ティエン神父》
年間第16主日A マタイ13,24-30 今日の福音はイエス様の毒麦のたとえについて言われています。 [天の国は次のようにたとえられる。ある人が良い種を畑に蒔いた。]しかし、[芽が出て、実ってみると、毒麦も現れた。] 私たちの生活の中で生きている時、毒麦のたとえのように同じと思います。 いい人と悪い人一緒に住んでいます。しかし、誰が悪い人ですか。誰がいい人ですか。私たちにはまだよく分かりません。しかし、神様だけすべての人々はご存知です。 私たちの心の中で何にがあるか。私たちはどんな人ですか。すべてはご存知です。しかし、神様は忍耐強く待っています。 イエス様は続けて言われています。[毒麦を集める時、麦まで一緒に抜くかもしれない。]刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。 このことの意味は神様の慈しみと忍耐が私たちに待っています。 神様はいつも私たちがいい人になることを望んでいます。私たちも兄弟姉妹に待っていましよう。そして兄弟姉妹がいい人になることを望んでいましよう。 マリア様、ヨセフ様、私たちのためにお祈りください。ア➖メン。


《年間第15主日 ティエン神父》
年間第15主日 A 2026 マタイ13,1-9 今日の福音で書いています。 「ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。」8 「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、 ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。 ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。 ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。」4-7 私たちは信者さんですから、毎日、神の言葉を読んで黙想をしています。これは信者の義務です。しかし、私たちは何回も何回も忘れてしまいます。 神の言葉は種です。私たちの心は土地です。 私たちの心の土地は神の言葉を受け入れましたか。 私たちの生活は神の言葉を受け入れず、私たちはいつも私たちの私見を行います。それで、私たちの生活はいつも間違います。 たとえば 神様は私たちに教えてくださいます。 互いに愛し合いなさい。私たちの生活は反対です。 ほかの人を嫌います。...


《年間第14主日 ティエン神父》
年間第14主日 A 2026 マタイ11,25-30。 私たち、今日の福音はもう一度考えましょう。 「これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、 幼子のような者にお示しになりました。」25 このことばの意味は神様は謙遜な人と貧しい人にお示しになります。 自慢な人、高慢な人に隠しています。私たちは謙遜な人になりましょう。 福音でイエス様は私たちを招きます。 「疲れた者、重荷を負う者は、だれでも わたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」28 イエス様だけこのことばを話します。どうしてでしょうか。イエス様は全能であり、いつくしみ深い方ですから、何でもおできになります。 私たちの生活は生きているとき、いつもいろいろなことを心配しています。私たちの生活の中で誘惑、苦しみ、試練がたくさんあります。 イエス様には私たちの不安や心配や困難そして苦しみが分かります。 ですから、イエス様は私たちを招きます。 「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。 休ませてあげよう。」とイエス様は私たちに教えてくださいます。 「わたしは柔和で謙遜な者だ


《年間第13主日 ティエン神父》
年間第13主日 A 2026 マタイ10,37-42 今日、第2朗読で聖パロウは私たちの生活について教えてくださいます。 「私たちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます。」8 この文書の意味は私たちの生活はイエスに結ばれること、頑張ること、ちょっと犠牲をささげることです。 聖パロウの言葉から私たちの生活は考えて反省しましょう。 今日の福音でイエス様は私たちに言われています、 「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。」37と、 もちろん、私たちは両親、子供、兄弟姉妹や親戚を愛します。しかし、イエス様より愛が少ないです。 これはイエス様の言葉です。 イエス様だけこのことを要求することです。ほかの人はこのことを要求することがありません。 どうしてでしょうか。イエス様は神様です。イエス様全能であり、いつくしみ深い方です。何でもおできになります。 皆さん、このことをちょっと考えましょう。いつか私たちは両親から離れること、子供から離れること、兄弟姉妹から離れることがあります。。。しかし、イエス様から離れ


《年間第12主日 ティエン神父》
年間第12主日 A 2026 マタイ10,26-33 今日、イエス様は私たちに言われています。「人々を恐れてはならない。」26 私たちの生活の中で何を恐れることになりますか。 もし、何でも恐れることがたくさんあるなら。本当につまらないです。その時、いい生活ではありません。 「体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。 むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。」28。 私たちは生活の中でいろいろことを恐れることがたくさんあります。 しかし、神様を恐れることがありません。 もし、私たちは神様に信頼するなら、神様は私たちを守って解放してくださいます。 しかし、私たちは生活が困ったとき、そこで祈ることを止めてしまいます。 そして、私たちの信仰は行き詰まってしまい、それから迷信へと移ってしまいます。 私たちの生活は毎日仕事だけについて考えています。そして、神様を忘れて、祈ることを止めてしまうこと。 このことは神様を拒絶することになります。信仰生活と魂を忘れないようにしましょう。 人間は恐れることがたくさんあります。苦しみ、死、失


《年間第11主日 ティエン神父》
年間第11主日 A 2026 マタイ9,36-10,8 「収穫は多いが働き手が少ない。 だから、収穫のために働き手を送ってくださるように。収穫の主に願いなさい。」マタイ9,37-38 今日のミサの中で日本の召命、特に鹿児島教区の召命のために祈りましょう。 そして、お互い周りの人々のために宣教師になりましょう。 世界にはまだイエス様を知らない人がたくさんいます。日本では、ほとんどの人がイエス様を知りません。 鹿児島、霧島では何%の人がイエス様を知っているでしょうか?多分、0.001パーセントでしょうか? 私たちはイエス様を知らない人たちに囲まれて生きていますから、毎日、イエス様を伝えなければなりません。 宣教の使命は、洗礼によって神の子ども、キリストの弟子となった私たち皆に与えられています。 でも、宣教は宣教師の神父様やシスター、ブラザーだけの務めだと思っている人が多いのはとても残念です。 これは、大きな間違いです。宣教は、信者一人ひとりに与えられた使命です。 今日はこのことをしっかりと覚えて欲しいです。 ですから、私たちは弟子たちと同じように神様


《キリストの聖体の主日》ティエン神父より
キリストの聖体の主日 A 2026 ヨハネ 6,51-58。 聖霊降臨、三位一体の主日が終わり、 今日のキリストの聖体の祭日を迎えるにあたり、 私たち信者と聖体の秘跡との深い関わりについて、考えてみましょう。 今日の福音の中でイエス様は私たちに言われています。 「わたしは、天から降って来た生きたパンである。 このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。 が与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。」51と教えてくださいます。 「これは天から降って来たパンである。先祖が食べたのに死んでしまったようなものとは違う。 このパンを食べる者は永遠に生きる。」58 皆さん、教会に来ない人、ミサに参加しない、ご聖体を受けない人、祈りをしない人、その人は永遠の命がありますか。その人の生活はイエス様にいますか。その人のうちにイエス様の命がありますか。反省しましょう。 毎週の日曜日のミサで私たちはいのちのパンを食べています。このパンはイエス様の体です。 私たちはイエス様の体をいただくとき、そして、生活は変化したでしょうか。 私たちは信じますか。一人ひ
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