《年間第28主日 ティエン神父》
年間第28主日 A 2026
マタイ22,1-14
今日の第1朗読で書いています。
「死を永久に滅ぼしてくださる。
主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい
御自分の民の恥を地上からぬぐい去さってくださる。
これは主が語られたことである。」イザヤ書25,8
この文書の意味は神様は私たちを愛しています。
「神の恵みといつくしみは生涯わたしに伴う。詩23,6。
私たちの生活は喜びになるなら、神様も喜びます。さびしい時、悲しい時、神様もさびしいことになります。
「その日には、人は言う。見よ、この方こそ私たちの神。
私たちは待ち望んでいた。この方が私たちを救ってくださる。
この方こそ私たちが待ち望んでいた主。その救いを祝って喜び躍ろう。」イザヤ書25、9
皆さん、私たちの生活は神様を待ち望みますか。この方、私たちの目的です。私たちの希望です。
この目的と希望を亡くなったら、私たちの生活はすべては空しいことになります。
そして、福音の中で書いています。
天の国は、ある王が王子のために婚宴を催したのに似ています。
だれでも招待します。この婚宴はミサの姿です。神の国の姿です。
私たちは婚宴に参加するときどうでしょうか。喜びますか。
ミサは典礼生活の中心です。私たちはミサからたくさん恵みをもらいます。
「だから、町の大通りに出て、見かけた者はだれでも婚宴に連れて来なさい。」9
今日、教会は天の国に似ています。教会はだれでも招いて教会に入ってください。
聖なる普遍の教会からです。私たちはカトリックの信者になるとき、これは恵みです。
イエス様に知ることも恵みです。ミサにあずかる時は幸せです。この恵みは神様から与えてくださいます。
私たちは洗礼を受けたとき、私たちは教会に入ります。しかし、教会に入るときは洗礼を受けただけではありません、
しかし、活動があります。もし洗礼を受けただけなら、私たちは間違います。
時々、私たちは教会に入りますが信仰がありません。
時々、私たちはミサに参加しましたが、信仰がまだありません。
信仰と信仰生活は行ないが必要です。ひとり一人反省しましょう。
10月はロザリオの月です。皆さんは一人ひとりに一連でもロザリオの祈りを必ず唱えて、
そして、私たちはマリア様に通して、柔和と謙遜を勉強しましょう。
マリア様、ヨセフ様、私たちのためにお祈りください。アーメン。





