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《年間第26主日 ティエン神父》

9月26日
読了時間: 3分

年間第26主日 A 2026

マタイ21,28-32

今日のテーマは考え直すことです。

今日の第一朗読で神様は私たちに質問しています。「わたしの道みちが正ただしくないのか。正ただしくないのは、

お前まえたちの道みちではないのか」とエゼキエル18、25。

私たちの生活はどうでしょうか。反省しましょう。考かんがえ直なおしましょう。

そして、今日、イエス様は私たちに質問しています。

「この二人のうち、どちらが父親の望みどおりにしたか。」31と

この話題は兄について徴税人や娼婦たちと同じです。

彼らは神のことばを信じて行ないます。

弟についてファリサイ派の人々や律法学者たちと同じです。

彼らはことばだけ話します。そして、彼らの生活のことばは

行いと一致していません。それから、神のことばを信じませんでした。

彼らは形式だけを守ります。しかし、心の中はそうでは

ありませんでした。口だけで話します。しかし、行いが伴ないませんでした。口と心一緒ではありません。

皆さん、私たちの生活は考え直したことがありますか。

兄と同じように、考え直しましょう。

皆さん、このことが大切なことです。人間ですから、いつも間違います。考え直していることは大切です。

*もし、一人ひとりの生活はいつも考え直すなら、ごめんなさいと言うなら、家族、小教区、友達の問題がありません。これはもっともっと大切です。。。。

もし、私たちは神のみ旨を行なうなら、私たちの生活が安らかになるのです。ことわざにとって「言うは安く行なうは難し。」

私たちの生活の中でことばだけの話はやさしいです。しかし、実行を伴うのは本当に難しいものです。時々、私たちは

たくさんことばだけ話します。しかし、実行をしませんでした。「この二人のうち、どちらが父親の望みどおりにしたか。」

どの息子と同じですか。よく反省しましょう。

福音の中でファリサイ派の人々と律法学者たちも、いつもことばだけの話をしました。しかし、行ないませんでした。

イエス様は彼らを非難しました。もし、私たちの生活の中でことばだけの話すなら、そのとき、イエス様の態度は

どうですか。ファリサイ派の人々と律法学者たちと同じですか。よく考えて見ましょう。

今日の福音は私たちの生活について反省させてくれます。

それから、神様に対して、兄弟姉妹に対して、私たちはよく頑張りましょう。私たちの生活は兄弟姉妹のためにちょっとぎせいをささげて、教会のためにちょっとぎせいをささげましょう。

これは、私たちの生活の責任と義務です。私たちは神様の前で責任と義務があります。そして、私たちは兄弟姉妹に対して責任と義務があります。

もし、だれかが愛しているけれど、ぎせいはささげたくないと言ったら、その愛はうそです。そして、

その人の愛はことばだけのものです。ことばだけによってではなくて、神様の愛によって

私たちが救われます。私たちの愛と信仰の行ないによって、

私たちが救われます。イエス様は私たちに続けて言われています。

「徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう」と。どうしてでしょうか。

「徴税人や娼婦たちは神のことばを信じます。あなたたちは神のことばを信じません。」と教えてくださいます。ほかのところでイエス様は私たちにこのことを聞いて、

私たちはもう一度、神様の愛の元に立ち帰ります。祈りと愛を行ないましょう。

イエス様、私たちを憐れんでください。マリア様、私たちのためお祈りください。アーメン。


 
 
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