《年間第15主日 ティエン神父》
- maydaytomo
- 7月11日
- 読了時間: 3分
年間第15主日 A 2026
マタイ13,1-9
今日の福音で書いています。
「ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。」8
「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、
ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。
ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。
ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。」4-7
私たちは信者さんですから、毎日、神の言葉を読んで黙想をしています。これは信者の義務です。しかし、私たちは何回も何回も忘れてしまいます。
神の言葉は種です。私たちの心は土地です。
私たちの心の土地は神の言葉を受け入れましたか。
私たちの生活は神の言葉を受け入れず、私たちはいつも私たちの私見を行います。それで、私たちの生活はいつも間違います。
たとえば 神様は私たちに教えてくださいます。
互いに愛し合いなさい。私たちの生活は反対です。
ほかの人を嫌います。
互いに赦し合いなさい。私たちはほかの人を赦しません。
互いに分かち合いなさい。私たちは受け入れます。
私たちは神の前に自分で良心究明をしましょう。
私たちの生活は神の言葉にどうですか。
私たちは種を蒔く前に畑でいろいろよく準備します。
私たちの心も神の言葉を行なう前にいろいろよく準備します。
それから、神の種は私たちの心にだんだん私たちの生活に大きくなります。
皆さん、私たちの心の土地はどうですか。私たちの心の土地は、*道端ですか。悪いものが来て、心の中に蒔かれたものを奪い取る。道端に蒔かれたものとは、こういう人である。
*石だらけですか。石だらけの所に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて、すぐ喜んで受け入れるが、自分には根がないので、しばらくは続いても、御言葉のために艱難や迫害が起こると、
すぐにつまずいてしまう人である。
*茨ですか。茨の中に蒔かれたものとは、御言葉を聞くが、世の思い煩いや富の誘惑が御言葉を覆いふさいで、実らない人である。*または良い土地ですか。良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、
あるものは三十倍の実を結ぶのである。私たちの態度はどうですか。神の言葉は聞くときはどうですか。早く応えますか。
関心をしませんか。神様いつも私たちを続けて招きます。
2000年の間神の言葉はいつも善意の心に蒔かれました。
私たちの生活はいろいろあります。しかし、
私たちの生活は良い土地と善意の心に足りません。
神の言葉の種は芽生えませんでした。
私たちの生活にとって神の言葉は一番大切ですか。
私たちの生活にとって神の言葉と行いは一番大切ですか。
反省しましょう。
どうして私たちの生活は神の言葉と行いが一致するでしょうか。これは神のみ旨です。種の蒔くの人はだれですか。
神様、私たちの生活は忙しいですから、私たちはいつも神の言葉と行いを忘れてしまいました。
今から将来まで毎日私たちの生活が神の言葉を行うことができるように助け教えてください。
マリア様ヨセフ様私たちのためにお祈りください。アーメン。





