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《ティエン神父より 主の降誕 夜半のミサ》

主の降誕 夜半のミサ2025     

ルカ2,1-14

クリスマスおめでとうございます。

主のご降誕おめでとうございます。私たちは、今年も、降誕祭を喜んで迎えます。

天使は幼いイエス様を賛美して

「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」と歌います。

地位の高い人も、低い人も同じように神様を賛美します。そのとき、私たちの心に平和があります。

そして、全世界の人々の平和があります。降誕祭になったとき、人々の心は平和で満たされます。しかし、現代の世界には、悲しい出来事がたくさん起こっています。憎みや欺き、そして、戦争があります。人々はまだ、互いに愛し合っていませんから。それで、地には平和がありません。私たちの心の中で平和がありません。

神様はいつも私たちを招いて「互いに赦し、愛し合いなさい。兄弟姉妹のために自分をちょっと忘れて、ちょっとぎせいをささげなさい。そうすれば、あなたの隣人も、あなた自身も、幸せになります」と教えてくださいます。

 私たちが、イエス様の心に適うように生きるなら、人間は兄弟姉妹として、本当に愛の中に生きることができます。

天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデで、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。」(10-11)

イエス様のお誕生日が来ています。どうして、私たちの心は喜んでいるでしょうか。喜びはイエス様によって、罪から解放され、救われるからです。それが、喜びの意味です。

貧しい人や罪人は多くの人々から、除け者にされていました。

しかし、イエス様は貧しい人や罪人のところに来て、元気づけます。

世界ではカトリック信者だけではなくて、たくさんの人たちが降誕祭と分かっていると思います。

降誕祭の意味は何ですか。

この降誕祭の意味は天から神様が人間として世に降りて生まれ、人間と共に住むことを意味します。「共にいたい」と思われたのです。たとえば、皆さんが仕事をするとき、イエス様は皆さんと共に仕事をして、皆さんはさびしい時も、喜びの時も、病気の時。。。そして生活の中のいろいろな時も、神様共におられます。

どうして、神様は世に来られたのでしょうか。

今日の福音で答えました。これは「あなたがたのために救い主がお生まれになった。」11

これは人間のため、私たち一人ひとりのためです。

もし、神様は世界に来ないなら、人々は暗闇の中に住んでいます。人々は罪の中に死にます。そして、人々は互いに憎み合うでしょう。このことについて第1朗読で書いています。

「闇の中を歩む民は、大いなる光を見

死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。。。」1

「あなたは深い喜びと大きな楽しみをお与えになり、人々は御前に喜び祝った。」2

「一人のみどりごが私たちのために生まれた。一人の男の子が私たちに与えられた。権威が彼の肩にある。」5

もし、私たちの生活に神様がいないなら、私たちは、さびしくて悲しいです。2000年前にイエス様は私たち罪人のために、この世界にお生まれになりました。今日、私たちが祝おうとしている降誕の神秘も、2000年前の出来事と深い関係があります。

神様は私たちを招いて、ほかの人と分かち合うように進めておられます。互いに親切であること、互いのために祈りあうこと、そうすることは私たちにもできます。

イエス様のお誕生日が来きています。どうして、私たちの心は喜んでいるでしょうか。喜びはイエス様によって、罪から解放され、救われるからです。それが、喜びの意味です。

今から、私たちは1分、沈黙のうちに幼いイエス様を考えて見ましょう。そうすると、私たちの心は馬小屋のようです。

この馬小屋にイエス様が来てくださるよう祈りましょう。

主イエスよ、私たちのために平和を与えてくださいますように。

マリア様、ヨセフ様、私たちのためにお祈りください。アーメン。




 
 
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