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《ティエン神父より 主の洗礼》

                           主の洗礼 A

                           マタイ 3,13-17

主の洗礼のミサをもって、降誕節が終わり年間節が始まります。それから、イエス様の公生活が始まります。

イエス様は神様です。イエス様は罪を犯しません。しかし、イエス様は洗礼を受けました。

そのとき、ヨハネはイエス様に話しました。

「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」しかし、イエス様はお答えになりました。「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」マタイ3,14-15。

このことは私たちのために模範になります。これは私たちへの愛のためです。

今日は主の洗礼のミサです。私たちの洗礼について考えましょう。洗礼の秘跡は最初の基礎の秘跡です。


私たちは洗礼の秘跡を受けたとき、神様の子供になりました。そして、教会に加入して、メンバーになります。

洗礼を受けたとき、私たちは宣教師になります。しかし、長い間、私たちは考えています。宣教師は神父、シスターだけと考えています。これは大きい間違いです。

信者一人ひとりは宣教師です。宣教師になる時あちこちではありません。

しかし、私たちの生活、私たちの態度はどうですか。これは宣教です。

私たちは洗礼の秘跡を受けたとき、私たちの義務は二つの義務です。一つは神様に対する、もう一つは社会に対することです。社会の中で人間、兄弟姉妹と周りの人々がいます。

私たちはこの二つの義務を完成しなければなりません。

もし、私たちが完成しないなら、私たちは過ちがあります。

宣教の使命は、洗礼によって神の子ども、キリストの弟子となった、私たち皆に与えられている使命です。

宣教は、信者ひとり一人に与えられた使命です。互いに親切であること、互いのために祈り合うこと、そうすることが私たちにもできる宣教です、そして、キリスト者としての大切な宣教となるのではないでしょうか。

イエス様からいただいている愛を、自信を持って、他の人々と共に分かち合いましょう。

そして、毎日の生活の中で出会う多くの友人や知人、仕事の相手などに対して、イエス様の弟子として関わって行きましょう。

神様、この世界に生きる私たちに自らの恵みと導きを与えてください。

洗礼の秘跡の恵みをもう一度、深く考え、意識することができるように導きください。

そして、私たちが神様の証しする人になることができますように。

マリア様、ヨセフ様、私たちのためにお祈りください。アーメン。



 
 
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